もしもしかめよ

研究・ドラッグデリバリーシステム・BUMP OF CHICKENをテーマに情報を発信していくブログ

「院試落ちたときの人生プランを考えてると意外と院試落ちるのもアリな気がしてきた」と言ってる人いたけど、それただの逃げだと思うよ

昨日の夜寝る前にTwitterのタイムラインを眺めていると、学科の知り合いのこんなツイートを見かけました。

 
f:id:bsrk31:20160821091055j:image
 

これを見た瞬間の僕 


いやいや、あなた何を言ってるの?
 
これが院試数ヶ月前とか1年前とかならわかりますよ。自分の人生に思いを馳せて、大きな分岐点でどちらに進むのか悩んでいるのなら。
でも、この発言ってただの逃げでしかないと思います。だって、院試1週間前の発言ですから。
 
    もしこの人が考える「院試に落ちたときの道」がそんなに魅力的なら、しかも今何か体験してこう思ったのではないのなら、その道にはもっと前に気づいていたはずです。考えて出てきたってことは、その人の頭の中にあったわけですから。でも、気づいたのは院試1週間前。
「院試まで1週間前か、勉強やる気起きないし全然やってねえ→院試落ちたらどうするかな→院試落ちた道も意外とアリだな」
という思考です。多分、その「魅力的な道」に進んだとしても、そんなやわな思いで進んだわけなので結局同じように逃げるだけだと思います。
 
 昨日寝るときにこのツイートを見かけたときには、正直この人、失礼な人だな、と思いました。自分の人生をそう軽く考えてこの人自身に失礼。この学科で研究を続けたいと思っている人に失礼。それならいっそ自ら受験を棄権してくれ、と思いました。
 
 
 ここまでは昨日のお話。今日朝起きて洗濯物を干しながら(最近台風の影響で天気パッとしなくて洗濯物がなかなか干せなくて困る)、そういやなんで昨日そういう風な思考が出てきたのか、とメタ思考に入りました。そこで気づきました。どうして今こういうことがハッキリ言えるかというと、過去に自分もそうやって逃げたことがあるからだな、と。
 
    今年の2月ごろ、学科で急にMITへの交換留学への案内が出されました。そのとき進路のことで色々考えていて、海外の大学院に進学してPh.D.を取ることを目指していました。気持ちが海外に向いていたので、その案内が出たときに思い切って申し込むことにしたのです。
 
    最終的に志願したのは、枠2人に対して僕含め3人。面接や成績、出願書を元に2人に絞られることになりました。面接が終わり、結果は1人が合格、1人が不合格、僕が「条件付き合格」。この条件というのが、間近に控えるTOEFLで基準点を超えること。その条件が達成できれば合格というものでした。
 
    その通知を受けてからTOEFLまで約1ヶ月。基準点はそんなに高くないので、一生懸命勉強してMITへの交換留学のチケットを手に入れるはずでした。しかし、なぜかどうしても勉強に身が入りません。特にWritingとSpeakingの勉強。多分、あまりにも英語ができない自分に対して苛々していたんでしょう。
 
 このままでは落ちてしまう。だけどどうしてもやる気が出ない。そもそもこんな英語力でMITに言っても生活すらままならないんじゃないか。留学したら卒論の関係上半年卒業遅れるしお金もかかるし、日本にいる間の研究の時間も短くなってしまうし、留学に行かないで研究に没頭するのもいいんじゃないか。自分の海外留学への気持ちはこんなものだったのか。それならいっそ辞退して不合格になった人に留学の権利を譲ろうか。いやでもそれこそまさにその人に対して失礼だ。などといった考えがぐるぐる頭の中にありました。この時期はなかなか辛かったです。
 
 結局、(25,000円ほど払ったってのもあるし)ちゃんとTOEFLを受験することにしました。案の定、基準点に6点足らず、今回の留学への道は断たれるという結果に終わりました。そのとき感じたのは、悔しいという思いよりむしろ「僕が志願したために留学にいけなかったもう一人に申し訳ない」でした。悔しいという感情もありましたが、それは「いろいろ理由つけてごまかしてあまり勉強しなかった自分が悔しい」というものでした。結局は、自分で進もうと決めたことから自ら逃げたのです。
 
 そうはいっても、基準点に満たなかったのは事実。逃げたいという自分がいたのも事実だし、実際に逃げたのも事実。それ自体は受け止めて、今後生きていく上での糧にしようと思いました。よく耳にする、チャンスがきたときにそれを物にできるように日頃から準備しておけ、という言葉の意味がこの経験を通じてわかった気がします。留学の案内が出たのは本当に急だったけども、留学に行きたいという気持ちが本当にあるのなら、日頃から英語の勉強をしているべきでした。そうすれば、今回の交換留学というチャンスもものにできたのではないかと思います。今でも海外に行きたい(留学という形ではなく、研究者として)はあるので、そのチャンスがきたときにちゃんとその機会を掴めるように日頃から勉強していかなきゃな、と再確認できました。もちろん、英語の勉強に限らず生きていくことに関連する全てについても同様です。こうした思考に至らせてくれた先ほどのツイートの彼には感謝しています。
 
 先ほどのツイートをした人が院試に受かるかどうかはわかりません。ただ、受かるにしろ落ちるにしろ、ちゃんとその事実を受け入れて考えを巡らせてほしいなと思ってます。
 
けまり